ニフティライフスタイル株式会社(TSE: 4262)
ニフティライフスタイルは主に不動産、温泉、求人に関するウェブサイトを運営する会社で、直近12ヶ月間の営業利益は6.8億円、保有する純キャッシュはおよそ40億円となっている。
同社の株価はIPO時の1800円からほぼ一直線に下落を続け、今では半値以下の814円となっている。これは時価総額で言うと51億円なので、エンタープライズバリュー(EV)は11億円、EV/営業利益倍率は1.6倍と、表面上はかなりの割安銘柄となっている。
問題は、これが本当に安いのか、それともバリュートラップであるのかの判断だ。同社の未来は株価が示唆しているほど悲観的なものなのだろうか?
ビジネス
同社のサービスは大きく分けて二つ。「行動支援プラットフォームサービス」と「行動支援ソリューションサービス」だ。
このネーミングだけだと具体的に何をやっているのかよくわからないが、簡単に言えば前者はニフティ不動産、ニフティ温泉、そしてニフティ求人をいったWEBサイトの運営ビジネス、後者はデータフィード・オプティマイゼーションやオンライン内見といったシステムを提供するビジネスを指している。
売上構成では前者が88%、営業利益では96%を占めているので、同社の価値を推定するためには「行動支援ソリューションサービス」はひとまず無視して問題ない。
「行動支援プラットフォームサービス」の中でもニフティ不動産の営業利益は全社営業利益の90%を占めるなど、特に重要度が高くなっている。そこで、ニフティライフスタイルの価値はニフティ不動産の価値とほぼ同値だと割り切ることにして、以降はニフティ不動産について詳しく見ていきたい。
ニフティ不動産
オンラインで賃貸や販売物件を探せるサイトにはSUUMOやHOME’sといった複数の不動産屋の物件情報を掲載するもの、アパマンショップのように自社取扱物件のみを掲載するもの、そしてこれらをまとめて掲載している二次掲載型といった3つの形態がある。ニフティ不動産はこの中では二次掲載型にあたり、現時点での掲載物件数では日本一となっている。
ニフティ不動産で物件を見て興味を持ったユーザーは一次掲載サイトにリダイレクトされるのではなく、専用フォームから不動産会社にコンタクトを取る事ができるようになっており、実際にユーザーが問合せをするとその時点でニフティ不動産から一次掲載ポータルへ「送客」がなされたとカウントされる。ニフティ不動産はこのような送客に対し一次掲載ポータルへ課金するというビジネスを行なっている。
不動産屋が不動産ポータルに物件情報を掲載してから成約となるまでの流れは一般に、「掲載」、「反響」、「来店」、「成約」という順番になる。
一概には言えないが、いくつかの不動産業者のデータを参考にすると、掲載中の物件に対する反響率は月間3割から5割ほど、反響から来店に至る確率は2割から3割、そして来店から成約に至る確率は7割から8割といった感じらしい。そのため、ニフティ不動産から流入してくるユーザーは単に流入先サイトを訪れるユーザーよりも、不動産業者、および流入先サイトにとっては2倍から3倍の価値があることになる(「反響」がスタート地点なので)。
ニフティ不動産の顧客である不動産ポータルサイト(SUUMO、HOME’sなど)は言わば広告掲示板であり、それを見る人が多いほど価値が高まる。ニフティ不動産はこの広告掲示板をさらに広告するメディアだと言えるので、その価値はどれだけの人を集められるかにかかっている。
現存する国内不動産ポータルの圧倒的ツートップ、SUUMOとHOME’sを例にとって、ニフティ不動産がどれほどの価値をこれらに提供しているのか、また、その価値を得るために各ポータルはどれほどの費用をニフティ不動産に支払っているのかについて見てみたい。
まず、ニフティライフスタイルの決算資料から各ポータルへの送客数、そして送客一人当たりの単価を推定してみる。
ニフティライフスタイルの第1四半期から第3四半期までの月間総客数はおよそ47000人。第4四半期の売上が他四半期のおよそ1.4倍ほどとなっている事から、同四半期の総客数も他の四半期に比べて1.4倍ほどになっている可能性が高いので、これを考慮に入れれば通年では月間平均52000人の送客が行われているものと推定できる。ちなみにこの送客数はSUUMO、HOME’sだけではなく全てのポータルへの送客数だ。
ニフティ不動産の年間売上20億円を年間総客数(52000人 x 12)で割ると、1送客あたりの単価はおよそ3200円となる。
SUUMOを運営するリクルート社への2022年度の売上高は12.4億円だったので、この年のSUUMOへの総客数は39万人、もしくは月間32000人と推定される。細かい契約内容は顧客ごとに異なるかも知れないが、大体の感触を掴むためにまずはこれくらい単純化しても差し支えないだろう。
一方、HOME’sを運営するLIFULL社への売上は3.4億円であったので、2022年度の同社への送客数は10.6万人、月間8800人であったと推定される。
次に、この送客数がSUUMO、HOME’sのユーザー数に対してどれほどであるかを知るため、両ポータルのユーザ数を推定してみる。
1年間に日本で発生する引越し件数は、国の人口動態調査をもとにすれば、およそ530万件。そして、これを平均世帯構成人員の2.11人で割ると、毎年約250万世帯が引越しをしていることになる。仮に引越し先の物件選びをポータルサイトで行う世帯の割合が8割だとすると、ポータルサイトで物件を探す世帯は年間200万世帯、もしくは月間16万世帯ほどとなる。
ネット上で見つかる不動産事業者のブログなどから判断すると、オンラインに掲載され、かつ成約に至る物件のおよそ2/3はSUUMOかHOME’sに掲載されているものと思われる。これに基けば、SUUMO、HOME’sを経由して成約に至る物件の数は、年間130万件、もしくは月間11万件と推定される。
下はSimilarwebで調べた両ポータルの主要な指標だ。どの指標をとってもSUUMOの方が成約件数が多い事を示唆している。
過去3ヶ月 | 訪問者数 | 直帰率 | 平均滞在時間 | PV/訪問者数 |
SUUMO | 42.7M | 44% | 6:21 | 7.15 |
HOME’s | 32.1M | 52% | 4:43 | 4.87 |
仮にSUUMOとHOME’sの成約件数の比率が5:3であるとすると、SUUMOとHOME’sを経由して成約する物件の件数は、それぞれ年間80万件、50万件、月間では7万件、4万件ほどだと推測される。
不動産屋への問合わせ件数のうち16%(前出の数字に基づいて計算)が成約に至るとすると、SUUMO、HOME’s経由で発生する問合わせ(反響)の件数は、それぞれ月間44万件、25万件であると推定できる。これらをまとめると下の表のようになる。
推定値 | 月間反響件数 | うちニフティ不動産経由 | ニフティ不動産経由の割合 |
SUUMO | 440,000 | 32,000 | 7.3% |
HOME’s | 250,000 | 8,800 | 3.5% |
SUUMOの年間売上高は1160億円なので、単純にこれを反響件数で割ると、反響1件あたりの売上は22,000円となる。HOME’sの場合は売上がおよそ270億円なので、反響あたりの売上高は9,000円だ。
先ほど、不動産ポータルがニフティ不動産からの送客(反響)1件あたりに支払う金額はおよそ3200円だと推定したが、これはSUUMO、HOME’sが得る反響一件あたりの売上額22,000円、9,000円よりも十分低いので、ニフティ不動産のサービスは両ポータルの収益増に貢献していそうである。
SUUMOは反響課金ではなく掲載課金であるため反響の数と売上は直結していないが、ポータルの価値は反響数と比例関係にあるはずなので、ニフティ不動産からの送客によって同ポータルの収益は間接的な恩恵に預かっているはずだ。
一方、ニフティ不動産が存在しなければSUUMOやHOME’sへ直接流入していたはずのユーザーがニフティ不動産を経由して流入してしまう事で、これらポータルに幾らかの機会ロスが発生していることもおそらく事実だろう。
しかし、上の表にあるニフティ不動産経由の反響件数の割合はどちらのポータルにおいても1割に満たないため、マイナスの影響はまだ限定的と思われる。
SUUMO、HOME’sがニフティライフスタイルとの提携を打ち切る可能性
2022年度のニフティ不動産の売上高は20億円であったが、このうち3.4億円はHOME’sを運営するLIFULL社への売上、12.4億円はSUUMOを運営するリクルート社への売上が占めている。割合にすると前者は17%、後者は61%にも上り、これら二社の合計だけでニフティ不動産の売上の8割を構成している。
この二つのポータル(特にSUUMO)がニフティ不動産との提携をやめれば、同社の事業はただちに立ち行かなくなる。このような特定顧客への過度の依存は非常に大きなリスクだ。
このようなニフティ不動産の状況とは対照的に、提携解消によりSUUMOやHOME’sが被る打撃は限定的だ。両ポータルのSEO施策は非常に優れており、「場所+賃貸」でグーグル検索をすると殆どの場合においてこの両ポータルがトップ表示される(ニフティ不動産は2ページ目の事が多い)。これらはニフティ不動産がなくても十分やっていけるのは間違いない。
このように非対称な依存関係の構図においては、ニフティ不動産の立場はとても脆弱なものにも見える。上場以来下がり続けている株価は、この点に関する投資家の不安を表しているのかもしれない。
しかし、ニフティ不動産の売上高はここ数年SUUMOやHOME’sのそれよりも高い伸び率で成長している。バーゲニングパワーの低い会社が相手先よりも高い売上の成長を続けることはできるものだろうか。
前述したように、不動産ポータルにとってのニフティ不動産の存在価値は一にも二にも送客だ。そしてもっと具体的に言えば、両ポータルが自前で集客できない層のユーザーの送客だ。
SUUMOやHOME’sには十分豊富な物件が掲載されていて、これらのうちどれか一つを利用すれば十分満足のいく物件を探す事は可能だろう。しかし、新居探しをする消費者のこだわりは強く、いくつかのサイトやアプリを使用して物件を探す人が多い。ニフティ不動産の様な集約型のポータルは、他のサイト、アプリにもっといい物件があるのではないか、という思いを抱えるユーザーから常に一定の需要がある。この様な、言わば浮動票を持った消費者を取り込み送客する事で、ニフティ不動産は価値を提供している。
2021年度から2022年度にかけて、ニフティ不動産からの送客数は20%ほどアップした。それ以前の年については送客数が公表されていないが、売上額の増加から判断すると、おそらく過去数年において同様の送客数の伸びがあったものと思われる。
この送客数の伸びの主因は、ニフティ不動産アプリの利用者の増加だ。同社によると、アプリユーザーはWEBユーザーに比べて5倍から10倍も送客率が高いそうだ。同社はテレビCMやASO(アプリストア最適化)に力を入れる事でアプリユーザーを増やし、結果送客数を増加させる事ができた。そしてこのアプリへの注力こそがニフティ不動産の価値を向上させる鍵となる。
ニフティ不動産のWEBサイト訪問者数はYahoo不動産の1/7以下、スマイティの半分以下と冴えない。しかし、アプリに関してはレビュー件数やダウンロード件数でYahoo不動産アプリを含む他の競合アプリを大きく引き離している。
アンドロイドアプリのレビュー件数を比べると、SUUMO、HOME’s、ニフティ不動産はそれぞれ1.93万件、1.45万件、1.54万件と、ニフティがトップツーと方を並べている。ちなみに各アプリのリリース時期にそこまで大きな開きはないため、集計期間の影響はあまりないはずだ。
iOSでのレビュー件数を比べると、それぞれ27.6万件、9.7万件、6.3万件とニフティ不動産がやや劣後しているが、WEBサイトでの格差と比べれば格段にいい勝負をしている。
他の業者のアプリについても少し触れると、リリースから8年ほどのYahoo不動産アプリのレビュー数はアンドロイド、iOSそれぞれ2300件、3900件となっている。公開から3年ほど経っているgoo不動産アプリのレビューは、それぞれ520件、2900件となっている。gooのアンドロイドアプリはこれまで10万件以上ダウンロードとなっているが、ニフティ不動産のダウンロード数(アンドロイド+iOS)が年間120万件、累計では900万件を超えているのと比べると見劣りする。
今後はニフティ不動産が二次掲載アプリのニッチチャンピオンとなり、SUUMOやHOME’sといった一次ポータルへの送客を継続していく可能性が高いのではないだろうか。
そうなればSUUMOやHOME’sから提携を解消される事なく、WIN-WINの関係を続けていく事ができるはずだ。
余談
SUUMOを運営するリクルートは昨年、ニフティライフスタイルにサービス対価として12億円を支払っているが、現在のニフティ不動産のEVは11億円と、この年間支払い費用よりも安くなっている。つまり、ニフティライフスタイルの顧客としてお金を払い続けるよりも、買収してしまった方が得をする特殊な状態となっている。
実際は市場で株式が買付される際にはプレミアムが上乗せされるため、もう少し買収価格は高くなると思うが、仮に買収価格が現在の時価総額の倍である100億円であったとしても、リクルートにとってのメリットは大きいだろう。
リクルートは買収によってニフティライフスタイルに支払っている年間12億円がセーブでき、他のポータルサイトからの収益8億円ほどを得る事ができる。営業コストは18億円ほど増えるが、それでも年間2億円のプラスだ。
割引率が10%だとすると、12億円を払い続けるキャッシュフローの現在価値はマイナス120億円。これに対し、100億円でニフティライフスタイルを買収し、即座に40億円の純キャッシュを回収、そして年間2億円の利益を稼ぎつづけるといったキャッシュフローの現在価値はマイナス40億円。マイナス120億円とマイナス40億円ではどちらがいいか、算盤だけで考えるならば買収した方が合理的なのは考えるまでもない。なお、ここでは単純化のため税金は無視している。
リクルートにとってはニフティライフスタイルを買収しない事で得られるメリットもあるだろうが、同社が2012年に買収したインディードのケースを考えると、自社を含む雑多なソースの物件情報をワンストップで提供する形態はリクルートとしては是非やってみたいビジネスなのでは、と
思ってしまう。まあ、これはあくまで余談です。TOBへの期待を理由に株を買うのはお勧めしません。
株式保有状況:
記事執筆時点において筆者は同社株式を保有していません。ただし、今後保有する可能性は排除しません。
免責事項:
この記事はビジネス分析、財務分析、バリュー投資の「やり方」に関する情報提供が目的であり、投資アドバイスではありません。数字をはじめとする記事中の内容が正しい保証はありません。また、もしも株式や会社の価値について筆者が言及している箇所があれば、それは筆者の主観によるもので、これも正しい価値である保証は全くありません。当記事の内容を参考にして行われた投資による損失について、筆者は一切責任を負わないものとします。
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